【決定後は読まないで!】親の転勤で高校を転校するとどうなる?私の場合

子育て

高校の転校は一筋縄ではいかない

始めに前置きしておきます。
すでに転勤で高校生のお子さんを転校させると決めているのならば読まないことをおすすめします。

 

私は実際に高校時代に、親の仕事の都合で転校しています。
女の子で高校を転校させるのはあまりないですよね。

 

個人的な考え方からは、あまり肯定的な意見はもっていません。
基本的にネガティブよりです。
あくまで当時のその地域のケースです。
高校で転校しても何の問題もなく順調に過ごすこともあります。

 

ですから、もう家族いっしょに過ごすことを優先しているのならば、どう上手くやっていくかということに目を向けた方が得るものもあります。

 

具体的な手続きなど、必要事項については過去記事でまとめています。

引越しで高校を転校?単身赴任?転入の注意点を経験者が教えます
ターニングポイントは子どもの教育問題 夫の転勤に伴って全国各地を転々としている転勤族。 家族いっしょが一番と考え、みんなで引越しを繰り返してきたことでしょう。 ですが、ターニングポイントとなるのが子どもの教育問題です。 子ど...

 

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高校の転校は小・中の転校とは別物

幼稚園の転園は全く問題なし

私の父は中規模の地域密着型の企業に勤めていました。
転勤は数年ごとにあるものの、異動するエリアは東北中心。
例外があってもせいぜい関東エリアまででした。

 

当時の多数派であるように、夫が大黒柱で妻が専業主婦という夫婦でした。
転勤にはもちろん帯同。

 

幼稚園はおそらく2つ通ったはずです。
小学校のころは私も4つの小学校を転々としました。
当時は親の転勤に家族が付いていくという以外の選択肢は考えにも及びません。
あたりまえのように、北の土地で出会いと別れを繰り返していました。

 

転校といっても、幼稚園の頃はうっすらとしか記憶にありません。
園でのお友達との別れはそれになりに悲しかったのかもしれません。
ですが、次の土地に行ってしまえばもう過去のこと。
新しい出来事や人に面食らっているうちに、すっかり頭からはとんでいってしまいます。

 

小学校の転校も最初は苦労するが大丈夫

最初にあがった小学校は、昭和の青春映画に出てきそうな牧歌的な学び舎でした。
1クラスが十数人。
1学年はそれが2クラスだけでした。
1学期が終わるころには学年全員が顔見知り。
放課後もみんなで集まって、わやわやと遊んでおりました。
地方の片田舎で、先生ものんびりゆったり。
晴れた日には授業を休んで近くの野原にピクニックに出かけたものです。

 

その後3つの小学校を体験します。

 

2年生の転校も、学校までの通学路や近所の様子、級友を覚えるのに苦労したくらいです。

 

3年での転校は、幾分人数の多い学校だったことと、年齢的に自我が芽生えて生意気になってくるころなので、最初の半月ほど面倒だったように思います。

 

標準語の発音で話していても、言葉がちがうとはやされることも。
先生が転校生を気づかってくれるのが気に入らず、えこひいきだと因縁をつけられたことも数回ありました。
マンガかドラマの真似をしたかったのでしょう。
一度は体育館の裏に呼び出されたことがありました。
こちらとしては、これを好機としっかりとごあいさつさせていただきました。
その後とてもクラスで過ごしやすくなりました。
楽勝です。

 

5年生にあがるときに、また転校します。
この転校は人生で一番気楽でした。
2つの小学校が統合するタイミングだったので、転校生だと悪目立ちすることなくすんなりと入っていけたのです。
最後の小学校はそのまま卒業し、最寄りの中学校に進学することとなります。

 

高校の転校は受け入れ先を探すことから

自分が行きたかった高校

中学は珍しく転校することなくそのまま卒業。
高校は田舎の話ですが、一応地元で一番の伝統校に進学しました。

 

小5から中学3年間を過ごしたわけです。
同じ高校に進む仲の良い友人も最初から何人かはいます。
地方の田舎ですので学力などはたかが知れているのですが、学校文化はとても居心地の良いものでした。
校則も、基本とするところは「華美にならず粗野にならず」。
先生たちも学生を信用してくれているので、のびのびとやりたいことの応援をしてくれました。

 

部活動や文化祭の追い込みで必死になっているときは、勉強どころではありません。
授業中に内職したり寝ていたりすることになるのですが、知らぬふりをしてくれる…。
でも、やるべきときには尻を叩いてはっぱをかける。

 

生徒もそれぞれがお互いを尊重していて、自分の思うところに向かっている人が多かったですね。
今どきはないのかもしれませんが、テストの結果が逐一廊下に張り出されていました。
そんなときも、上位の人の順位を見て噂話したり足を引っ張ったりすることはほぼなかったですね。
代わりに、自分も頑張ろうと決意するのが校風だった気がします。

 

逃がした魚は大きかったというものかもしれません。

 

自分が通いたくて行っていた高校です。
転校が決まったときも、応援団がエールを送ってくれ、部活の先輩や仲間は泣いてくれました。
青春小説の1本や2本は書けそうなくらい、青春を満喫していましたね。

 

仕方なく行かされた高校

忘れていた「転校」が再び繰り返されるのが高校2年にあがるころです。
義務教育の小学校、中学校とは異なり、手続きさえすれば自動で受け入れてもらえるわけではないのが高校です。

 

基本的に、決まったタイミングで、空きがあって、基準以上の学力がなければ入れてもらえません。
激しく買い手市場なのが高校の転校です。

 

インターネットも携帯電話もない時代、親は手を尽くして調べてくれたのでしょう。
それでも、受け入れに縦に首を振ってくれたのは2校のみ。
うち一校は女子高だったので、かってな思い込みで怖そうと除外。
(後日、そこ出身の友人が数人できましたが、聞いた話では楽しそうでした)

 

何とか編入試験をパスし、登校することに。
登校初日は新しい高校の制服が間に合わず、前の学校の制服を着て登校するはめに。
ほかに編入性もおらず、めちゃくちゃ目立つスタートとなりました。

 

なんだかんだ言っても、場数を踏んでいます。
今度の転校も時間が経てばなれるだろうと楽観的に考えていました。

 

小学校くらいですと、転校生は珍しがられてまわりから寄ってきてくれるのでコミュニケーションもとりやすいんです。
多少言葉や行動をいじられても、そこから話が始まればあとはどう持っていくかです。

 

高校生ともなれば、すっかり友人関係も落ち着いてしまっています。
今さら見ず知らずの人間を積極的に引き入れようとはしないでしょう。
多感な年ごろで、女子ともなればまた人間関係も面倒くさくなってきます。

 

学力レベルで何段階か劣る学校でしたので、先生の生徒への態度も決して好感の持てるものではありませんでした。
同じ立場からではなく、上からものを言う。
生徒のことを信頼していないから、髪形やスカート丈なんかのどうでもいい枝葉末節にこだわる。
授業が下手。
生徒もやる気がないので、教える方もただこなせばいいと投げやり。
さらに悪いことに、方言がきつすぎて授業が聞き取れない先生がいる。
学習の物理的な面では、教科書や選択科目などのちがいもありました。

 

行事も前の学校では2年に予定されていた修学旅行が、すでに1年で終わっていました。
前の学校では部活と同好会に励んでいましたが、新しいところではそもそも存在せず。
放課後は部活で汗を流すよりも、帰宅部でだらだら過ごす人が多かったです。

 

これでは、私のやる気が失せるのも致し方ないこと。
片手ほどの気の合う友人はできましたが、青春と呼ぶには程遠い暗黒の高校生活に変わってしまったのです。

 

「高校の転校が悪い」というよりも、転校先が合っていなかった。
それが実際のところでしょう。

 

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親は転校後のフォローを

家庭の数だけ事情はあるので、何が正解であるか答えはありません。
ただ、転勤が決まって時間のないなかで受け入れ先を探すとなれば、校風などを調べている余裕はありません。
入りたい高校よりも入れてくれる高校優先です。

 

転勤族の子だから大丈夫だろうと、親の思い込みで転校させるならばフォローはしてあげてください。
実際に自分が親になってみると、転勤する親の側もまた別の苦労や悩みもあります。
子どもの様子にまで細かく気を配れないこともあります。

 

それでも、親が高校転校の経験がないのならば、軽々しく決めないで欲しい。
いっしょに話し合って、悩んでの末の決断であれば子も腹を決めてくれます。

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高校転校で失敗してもリカバリーできる

高校の転校で失敗してもリカバリーできる

高校生活を見切って受験勉強

ここでは納得できる高校生活は過ごせない。

 

早々に見切りをつけた私は、前の高校がある県の国立大に行くことに決めました。
友人も合流するはずと算段しました。
詳しくは後に譲りますが、卒業後は就職しろという親を説得して何とか許可をもらったのが地元の国立だけという事情もありました。

 

意に沿わぬ転校でしたが、良かったことをひねり出すならば…

 

・父の生活面、健康面で安心できた
(その後単身赴任で体調を崩しました)・人より早く大人になれた
(先生や学校というものとの距離の置き方)・視野が広がった
(場所によって常識はちがう)・人を見る目
(優秀な人ほど頑張る人を応援し、ダメな人ほど足を引っ張る)

 

親が進学を望んでいなかったので、受験勉強は基本独学です。
有名どころの通信教育だけはお金を出してもらっていたので、それに加えて自分で参考書を購入してやりこむという方式でなんとかなりました。
自分で何とかしなければ、という危機感を持つようになったのですね。

 

これも、その後の人生で役に立っています。
勤めても、私の時代は見て覚えろという風潮がありました。
仕事でも結局は自分でなんとかすることが多かったです。

 

今はインターネット上で、全国レベルの学習が安く受けられるのでうらやましい限りです。

 

自分の子どもも、あと数年は転校生を続けます。
どこに行っても苦労しないように、タブレット学習をスタートさせました。
転校することが分かっているのなら、引越しても続けられる通信教育は必須です。
学校によって進度のちがいがあるし、塾も合うあわないがあります。
わが家ではCMでもおなじみのスタディサプリです。
安くて自由度が高いので、おすすめです。

 

 

高校の転校については、こちらもどうぞ。

高校まで転校した私の本音!親の転勤に振りまわされる子供の気持ち
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ワタベユキエからは以上でした。

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